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朗報を呼ぶ祈念方法をおさらい(4)

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祈念について改めて意識しなおし書き始めてから
今朝、朗報の兆候が現れました。久しぶりの感覚。
そう思うと私もやっぱり真剣さが足りなかったのね。

祈念に真剣に取り組もうと声を大にして言います :bikkuri:
他にもっと大事なことがあると思うとかしてない?
それ・・・よくない兆候です。それって・・・
ものすごく素晴らしい運招きを信じていなくて、
結局は、自分の感じ方が正しいと思ってる証拠 :no:

祈念の時間が適当になると
よからぬ方へ流されてしまう.
一般論が染みついてきます。
一般論になると、奇跡など信じてられません。
焦りの一種がどんどん幅を利かせてきますよ。

目の前のことばかりで目標は近づかない。
そんなの嫌じゃないですか(;´Д`)

努力は祈念をしてからすべし

信じ切る姿勢を作り直してみてわかったの。
祈念は神様へのお願いではなかった ::ne
今は、私の宣言みたいなものです。
自分の力で叶えられると信じる宣言に近い

すると、どういうわけか祈念の力が後押しになり
できるに違いないという確信が増してくる好循環。
その後に、たいてい周囲から動きがでてきます。
もしくは動きを加速する発見ができるでしょう。

自分の中にポジティブな気持ちを育てよう。

  1. 不平不満という足を引っ張る要素を除外する。
  2. 一日の終わりに、その日の行動を感謝する。

その繰り返しを省くのと、やっていくのとの違い。
「そりゃ違うわ」と実感できる充実感がでますよ。

神様に届いているという強い実感がでてくるまで、
何日か集中して祈念し、不安は即座に切り替え
その都度、その都度、昼も夜も何度も削除します。
すると数日で祈念するときに自信が出ているでしょう。
気づけば、お願いではなく宣言になっているわけです。
 

以前に裁判をひっくり返したときなどは、
「私が変えるから信じてて」と自信満々でした。
絶対に無理と言われたことがひっくり返ったときも、
周囲の言葉など全く信じていなくて、
「どういう結果かはわからないけど一番良いことになる」
としか思いませんでした。

祈っているからではなく「変えてみせる」と思えてた。
近いうちに変化がでると思って仕方がない理由は、
もう、どこか世界で動きも結果も動き始めていて
後は私のもとに動きがでるだけの話だと感じる。
それが念です。

念は、すでに通じている。
祈った時点で達成していると感じたら正解。
近いうちに奇跡のような動きが誰かに起きますよ。
我先にと思う人は、我先に正しい祈念です :pati:

みんなも祈念を続けてください。
力を使うためには、自分に不安があってはダメ。
いつも切り替えて「一番良いことになる」とスッキリしよう。
その気持ちが目に見えない力のもとです。

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