信じるのと違う『余計に疑わないだけ』

先日、久々に『雪マガ』を発刊したときのこと、
成功は相応しい過ごし方からという後書きのときに、
10万回失敗した人の話や、錦織選手のことも例にして
自分の限界を超えるとか、超えないという話をしたのね。
そこで、仕事を始めたときにやっていたことを書いたのです。
そこで、ふと気づいた :hint:

よく自分を信じるという言葉を聞くし、
ブログにも『自分を信じる』という言葉を使うことは多い。
でも、その時々で心に響く言葉というのは変化するでしょ?
今の私は、自分を信じられているのか というと違うと思う。

例えば、占いの結果は絶対に信じています。
自分が出した結果、タロットで展開された読みは確かと思う。
でも、普段の行動とか、努力となると・・・
常に自分を信じて行動している感覚でなく、
自分を信じるというのはしっくり来にくい気がする :syun:

そこで昔、ある先生に『タロットで食べるのは絶対に無理』と
言われたにも関わらず、やってみないとわからないと思って、
先生が想定する未来をまったく信じようと思わなかったことを思い出した。
だけど!!
その代わりに、自分を信じて行動したのかといわれると・・・
それは違うということに気づいたのです ::ne

20141122

自分を信じたのではなく、
無理とか出来るとか未来について勝手な想像をしなかった。
それだけーーーー!

無理かどうかはやってみないとわからないと思ったし、
占い屋さんに入ってお給料を貰うつもりはなかった。
そこで思いついたのは、チラシを自分で作ること。
そして、作ったから配ること。ありとあらゆる地域に出かけ
ポスティングしていた自分の行動は、今からすると不思議 :tara:

でも、できると信じたからやっていたのじゃなかったのです。
無理だと、ただ決め付けなかっただけ :bikkuri:
やっても無駄とか、頑張っても無理と、未来を疑う予測を立てず、
ただ、できることを出きる限りやるだけ。
反発心というわけでもないし、素直に無理とは思わなかった。
チラシを配ってお客さんが増えると信じたわけでもない。

今思うと、努力のやり捨てなのですよ :heart:

以前も書いた気がしますね。努力のやり捨てが良いよって。
打算計算で、これだけやったら、これくらいの成果が出るとか思わず、
やって、やって、チラシがなくなったら、またやる。
配って、声をかけて、また、配る。それだけで成果は待たない。
そういう姿勢は、すごく色んなリンクが出てきてくれます。

思えば、ケルトで占い師になれるかなんて占ってなかったし、
悩んだり、迷って占ったりすることもなく、作って配る、声をかける。

それが信じる気持ちかというと・・わかりません。
自分の力を信じていたとは思いません :no:
私が信じていたのは、「やってみないとわからない」という言葉だけ。
それが、私の中の真実だったかなと思います。

信じる気持ちというと難しいかもしれませんね。
でも、未来のダメな姿を妥当とはしない!それくらいは出来るよね?

結果、どんどん声をかけてもらえるようになり、やると当たるので
お店でやってほしいとか、次の仕事につながってきた。
未来のダメな姿を信じないこと。それだけで気持ちが変わりますよ。
その気持ちを、感情記憶として作ってみてください。

■もう1つ読んでみましょう■

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スリーカードで時間の感覚を想定するよう大アルカナ各種のイメージを呼び出せば、結果と同時に「いつごろか」が読めるようになる。そのための正しい問いも必要なので解説します。
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